弱さを見せられる世の中になったらいいな。

このところ、ずっと考えていたことがあります。

ある友人が私に話してくれたこと。
友人は、治療しなくて良い程度の心臓肥大があるそうです。
軽いとは言え、
夜更かしなどの無理をすると、たまに、心臓が掴まれるようになり息切れして、仕事を休む時もある。
でも、そういう持病があることを、
職場の上司はもちろん、同僚にさえ打ち明けられないのだそう。

何故なら、派遣社員であるため、辞めさせられる理由になり兼ねないかもしれないから。
知っていてくれる人がいるだけで、気持ちが楽だと私に伝えてくれたけれど。

実際に打ち明けた時、辞めさせられるかはともかくとして、
持病ひとつ、いつも一緒に過ごしている職場で伝えにくい世の中って一体なんだろう。

彼女が特別ではなくて、多くの方が、そういう生きにくさの中で、生きているのでは、ないだろうか。
と、胸が痛くなった。

弱いところを見せてはならない。

てんかんの発作で起きたかもしれない自動車事故がありました。

もしも、受け止めてくれない社会であったり、受け止めて貰える人がまわりにいなければ、
彼女のように、事故を起こした青年のように、病気のことは伝えにくいことでしょう。
それを伝えない方が悪いと言うのは、なんと酷なことか。
そして、本当は、知っておいた方がいい事、
知らなければならない事が隠されていく。

それほど、危険で、怖い事はない。

この話を友人に話したら、その友人の知り合いは、うつ病と診断されたことを、大丈夫だろうと思って
会社に伝えたら、なんと解雇されてしまい、
その解雇されたことが、うつ病を悪化させる大きな要因になったのだそうです。
結局、その知り合いは、残念なことに自ら命を断たれました。


持病や弱い事、苦手な事を打ち明けられない世の中。。。


もう少し、話を身近して、自分はどうだろうか? と置き換えてみます。


病気であるなら、(私は受け取れる!)と思う方も多いかもしれません。
では、
例えば、自分のまわりの人が、あなたに、できないことを打ち明けて来た時、
あなたはどのように受け取っているだろう。
発達障害や心の病を抱えている人は、端から見ると簡単にできそうなことが難しかったり、
そのことで苦しんでいる時もあります。
それから、病を抱えていなくても、人には、苦手なこと、できないこともあります。

でも、
自分にはできるからと言って
「それは、簡単にできるよ。なんでできないの?」とか、
「怠けてるよ。」とか…
「こうしなよ。」とか…
私たちは、軽い気持ちで言葉にしていないだろうか?
言葉にはしていなくても、心の中で思って、見下したり相手を評価したりしていないだろうか。

相手が、ジャッジして受け取る人だと思った瞬間、
心は閉ざされ、
コミュニケーションは絶たれてしまいます。
そして、大切な情報は入って来ないかも知れません。

ましてや、弱っている時、
人は、敏感に相手の心の奥にあるものを見抜きます。

しかし、
無意識の内にジャッジしてしまうほど、
私達は、自分の価値観や考えの中だけで生きてるし、
自分を常識だと思ってしまうところがあって、知らずに相手に自分を押し付けたりしている。
…のでは、ないか。

実は、先に書いた交通事故を作り上げているのは、他でもない自分かもしれない事に
目を向ける方が増えたなら。

初めてこのような事故は未然に防げる世の中になり、
みんなで協力し合う世の中になるのではないだろうか。

どんなことを言われても、そのまま受け止める自分でいようと 
いつもいつも 何度でも 繰り返し思っています。
(繰り返し思っていなければ、あっと言う間に余計なものをつけるからね)




そんな生き方ができない私であるなら、

いつも朗読させて頂いている、
金子みすゞさんの「わたしと小鳥と鈴と」 の有名なフレーズ

「みんなちがって みんないい」

なんて、恐れ多くて言えないです〜。
うん。ホントにそうだな。

とりあえず、襟を正す。

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