こころとからだについて考える。③

こころとからだの平和バトン。最終日です!


今日は、ちょこっと離れるかなと思いながら、
どうしても書きたいことを書こうと思います。

それは、いわゆる障がい者といわれる人たちのことなのです。(一応ここではからだの障がい者です)

私は、2011年2月〜2013年の2月まで2年間、ボランティア団体の代表としてドキュメンタリー映画の上映会や講演会をしてきました。
これは、otoyomiの結成時期を重なることもあり、かなり肉体的にも厳しかったのですが、ことの成り行きでそうなったのです。

その団体の副代表は骨形成不全症という骨にコラーゲンが少ない病気の障がい者でした。

骨形成不全症は、非常に骨がもろく、コラーゲンの量にもよりますが、
全身骨折で産まれて来る赤ちゃんもいます。
重さでも骨折するため、身長は1mほどの方が多いです。
足や手は度重なる骨折で、固まってしまい、ねじれていたりもします。
そして、なかなか寿命も長くありません。

2013年2月、彼は、40歳でこの世を去りました。

当時の私は、自分を偽ることも多くて、苦しみの中で生きていたのでした。
見た目は元気ですので、気づかない人も多い中、彼は、見抜くのです。
そして。彼が亡くなる2週間ほど前のこと。
「自分で生きられるって幸せだよ〜」としみじみ私に言っていました。

そんなとき思うのです。
骨形成不全症は、常に身体中が痛くて痛くてどうしょうもないと聞いたことがありますが、そんな彼が、自分のほうが、私よりもずっと幸せだと私を気遣うのです。

でも、何も知らない世間の人たちはどう思うでしょうか?
彼のことを、「かわいそう」と思う善意の方々も多いことでしょう。
それを彼はそのまま受けとめていたでしょうが、心の中では、逆差別だと感じていたかもしれません。
(その点私は、本気で彼が障がいを持っていることを忘れているため、「鬼のリハビリ」と言われていましたが・・・w、そのことが、リラックスしてくれた理由かもしれません。正直、彼の能力は私の何百倍の場面が多くありましたので、障がいがどうとかまったく関係なく、助けてもらったし、障がいがあるかどうかは関係なく尊敬しまくっていましたからね。)

最近、腕が肘のちょっと手前までしかない女の子がスプーンでご飯を食べる映像を見ました。
そのコメントに「健気な姿に泣ける。彼女が幸せであるように」といったコメントが寄せられていました。
じょうだんじゃない。ただ食べているだけ。泣けるというのは上から目線ではないか。がんばったらがんばったね、でいいのに、なぜ人は、身体を見て、自分たちより不幸かのように思うのだろう。

顔のがんの男の子の映像も見た。
どんどんひどくなって、まるでCGかと思う程膨らんでしまい、ほとんど歩けなくなりながら、いつも散歩を一緒にしてくれる看護師さんに僕は大丈夫と言うかの様に笑顔を見せる。彼の心は満たされていて平安であるのがわかるのです。

健康とは、障がいとは、心の豊かさとは、幸せとは、、、一体なんでしょうか。

彼らのことをかわいそうだとあなたが思うなら、実はあなたの心がかわいそうなのかもしれないと私は思ったりします。

そして。
何かを手助けするなら、ただ、助ければいいだけで、かわいそうという気持ちはいらない。
背の低い私が高いところのものが届かないとき、「かわいそうに。この子は小さくて」と必要以上に思って助ける人はいるでしょうか。あまり考えずに、ただ、とってあげるだけではないだろうか。

「かわいそうだから、とってあげる」と思われたら、わたしは自分の人間としての尊厳が損なわれていると感じるかもしれません。

そして、健康とは、身体の前に、心の健康であるのだと思います。(今回は精神障害の方のお話は抜いております)
そういう意味では、五体満足と言われる人の中のどれだけの人が健康ででしょう?

こころとからだのことを考えていて、
どうしてもこのことを書きたくてしょうがなかったので、ちょっとテーマからずれると思いましたが、書かせていただきました。また、おいおい書いていこうと思います。

3日間、読んでいただきありがとうございました。

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明日からの方を紹介します。
お一人目。
『恵庭びわ温灸鍼整体の女性鍼灸師 及川真澄さん』
治療院由来とプロフィールはコチラ

当院face bookはコチラ

お二人目。
『直傳靈氣師範格、レイキマスター 山元月乃さん』
山元さんのページはコチラ

皆さん、楽しみにしてくださいね!

☆「こころとからだの平和バトン」は、広島市西区太光寺の副住職 東和空さんからの発案で天城流湯治法 杉本錬堂さんから始まったものだそうです☆
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Comment

T S #-

難しいですねヾ(@⌒ー⌒@)ノ

うちの身内にもいますが、精神障害の方が、一番不遇で、世の中から見捨てられてしまってる気がしますが、彼らは彼らなりに、にこやかに平和な日々を過ごしていたりします。
自分が王様だと言ってみたり、おばけと仲良しになれたと言ってみたり、話を聞けば聞くほど同情と言うより、どう考えたらいいか、わからなくなります。
ひょっとしたら、僕よりは、自然で健康な心かもしれません。
身障者の方でも、例えば乙武さんのように、心の弱さを微塵も感じさせない方もいらっしゃいます。
ですが、もし横に乙武さんがいらっしゃれば、普通の人がいる場合とは違い、ある程度気は使わなくてはいけませんよね。
同情とかではなく、不必要なほど、僕は気を使ってしまいそうな気がします。
宝木さんのように、命に関わる難病の方と真正面から向き合って、自分を冷静に保てるのは、本当に凄いと思います。
いつもニュートラルで、必要なだけの助け合いが、自然に出来るような心でいられるようになれたらと思いましたm(__)m

2015/06/30 (Tue) 03:43 | URL | 編集 | 返信
幸せのロールケーキ #-

Re: 難しいですねヾ(@⌒ー⌒@)ノ

TSさんありがとうございます!!
今回の文章、なんだかちょっと強すぎるなあと読み返していて思っていました。
「かもしれない」くらいに読んでくださいませ。
貴重なお話を聞かせて頂いてありがとうございます。

今回は、精神障害の皆さんのことには触れていませんが、私は10代の頃から、学生ボランティアなどで、毎月のように触れ合ってきました。その中で、職員をしていらっしゃる尊敬する方がいましたが、彼らのモノマネをしたことがあったんです。
始めは、びっくりしたけれど、大好きな友達だからやっているだけなんですね。そして、おっしゃるとおり楽しく生きていらっしゃる方が大勢います。
(今度書いてみようと思いますが、「奇跡の脳」という本の中で、左脳が脳出血になった脳科学者の方が、右脳だけの世界を書いています。それは至福の世界だそうですよ。自分を批判する頭の中の言葉がぴたりと止まるのだそうです。リハビリをして戻ってきたくなかったと思ったそうです)

身体の障害という意味では、乙武さんのことは先日も会話に出て来たところです。
彼が産まれたときのお母さんの第一声は「まあ、かわいい」だったそうで、(ちょっと言葉は曖昧ですみません)彼は自己肯定感がとても高いのですね。だから、身体のことでその後何を言われても個性くらいにしか考えない。
先に書いた友人もそうでした。でも始めはいじめにあい、そこを克服したからでもありますけれども。

かわいそう はダメ、はちょっとキツすぎる言葉と思いますし、その人がかわいそうも書き過ぎだわと思うので書き換えるかもしれませんが、、もちろん思っても気を使ってもいいんです。
私が言いたいのは、私たちがもっと触れ合う時間があれば、(それもできる限り、小さいときから)もっと自然に何も感じずに、と言いますか、その人がどれくらい、どのように助けてほしいかもわかってきたり、ただ単に助け合えるようになるのではないかな ということです。
たくさんの経験や思いがあるのですが、それはまた、少しずつ書いていきますね。

読んでいただき本当にありがとうございました。


> うちの身内にもいますが、精神障害の方が、一番不遇で、世の中から見捨てられてしまってる気がしますが、彼らは彼らなりに、にこやかに平和な日々を過ごしていたりします。
> 自分が王様だと言ってみたり、おばけと仲良しになれたと言ってみたり、話を聞けば聞くほど同情と言うより、どう考えたらいいか、わからなくなります。
> ひょっとしたら、僕よりは、自然で健康な心かもしれません。
> 身障者の方でも、例えば乙武さんのように、心の弱さを微塵も感じさせない方もいらっしゃいます。
> ですが、もし横に乙武さんがいらっしゃれば、普通の人がいる場合とは違い、ある程度気は使わなくてはいけませんよね。
> 同情とかではなく、不必要なほど、僕は気を使ってしまいそうな気がします。
> 宝木さんのように、命に関わる難病の方と真正面から向き合って、自分を冷静に保てるのは、本当に凄いと思います。
> いつもニュートラルで、必要なだけの助け合いが、自然に出来るような心でいられるようになれたらと思いましたm(__)m

2015/06/30 (Tue) 07:00 | URL | 編集 | 返信

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